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Animationweek編集部は、3Dキャラクターアニメーターとして活躍しながら、ヨーロッパの3つの名門スクール(フランスのGobelinsとSupinfocom、デンマークのThe Animation Workshop)で講師を務めるDrifa Benseghir氏にインタビューをする機会に恵まれ、これまで培ってきた知識・見識と豊かな国際経験を伺うことができた。


アニメーターとして

Animationweek (以下AW): ご自身の専門など自己紹介を宜しくお願いします。

Drifa Benseghir (以下DB): 3Dキャラクターアニメーターとして、2002年頃からMaya®を使って仕事をしています。

私は昔からアニメーションの大ファンで、日本のアニメーションも大好きです。小さい頃から絵を描くことが趣味で、いつも個人的に楽しく絵で新しい世界を描いて は幸せな気分になっていました。このような背景もあって、アニメーションについての専門知識は以前からありました。どちらかといえば、アメリカよりも日本のアニメーションに関する知識の方がありますが、ディズニーのアニメーションも大好きです。

私は1997年にフランスのゲーム会社最大手のUbisoft®社(∗1)にて3Dキャラクターアニメーターとしてのキャリアをスタートしました。大学では日本語と文明を専攻していたので、実はアニメーションやコンピュータに関する教育は受けていませんでした。大きな偶然があって、アニメーションに関する事前の経験や教育なしにアニメーターとしての最初の仕事をUbisoft®で見つけて働き始めることができたのは本当に幸運でした。その時点で私が持っていたのは、このアニメーション業界への情熱だけでした。

∗1: Ubisoft Entertainment S.A. (https://www.ubisoft.com/en-GB/) は、フランスのゲーム開発スタジオで、主なタイトルには、アサシンクリードやレイマンシリーズがある。

Ubisoft®での最初の仕事

AW: どのようにしてUbisoft®で働く機会を得られたのですか。

DB: 1997年2月にフランスの新聞でUbisoft®の求人広告を見つけました。そこには「動き(movement)のプロ」を求めていると書かれていましたが、アニメーションという言葉は一切書かれていませんでした。確か「3Dプログラムの学習に興味があって、ある程度のアニメーションに関するスキルがあれば、トレーニングを行います」というような内容だったと記憶しています。選考試験には、様々な経歴を持つ人が受けに来ていて、試験の連続で選考期間も凄く長かったです。

最初の試験は、画力を見せるためにポートフォリオまたは本のようなものを送ることでした。幸いにも、当時、私の手元にはアキラやナウシカを見ながら描いたスケッチがありました。自宅に映像を上手く一時停止できるビデオデッキがあって、それを上手く使いながらスケッチを描いていたのです。1997年当時のフランスでは、まだナウシカは世間一般には知られていなかったので、私のポートフォリオを見たGobelins(∗2)出身の試験官の人達の中で、「アキラや宮崎駿監督の映画のスケッチを描いた子は誰だ?」と話題になったそうです。当時は、みんなが地球の反対側のディズニーアニメーションが制作して歴史的にも大成功を収めたライオンキングに注目していて、宮崎駿監督の映画を知っている人は本当に少数で、スタジオジブリの映画はアングラ的なものと考えられていた時代でした。とにかく、結果的に、面接に呼ばれることになりました。これが最初の試験でした。

∗2: Gobelins, l’école de l’image (http://www.gobelins.fr/en) は、フランスの美術学校で、アニメーションコースが名門として世界的に有名である。

AW: それで、その次は何の試験だったのですか。

OLYMPUS DIGITAL CAMERADB: 面接試験の次にアニメーションの試験を受けなければならなかったのですが、私は3Dプログラムを使うことどころか、コンピュータを使うこともその時が初めてでした。私には、「これは素晴らしい機会だ!」と思えて、与えられた課題にチャレンジすることに非常にワクワクしたことを覚えています。例えて言うならば、泳ぎ方を知らずに、新しい世界へ飛び込んだような感じです。こうした沢山の試験と面接が続き、最終選考は会社のトップと重役面接でした。こうして、ようやく、ジュニアアニメーターとしての職を得ました。配属されたチームには、Gobelinsの卒業生が多かったですが、他にも経験豊富なプロフェッショナルもいました。私のようにアニメーターではなかった人もいて、例えば、パントマイムをしてきた人とかもいました。彼は、動きに大変慣れていて、3Dプログラムを使って、とても上手に彼が望む動きをアニメーションにすることが可能でした。当時出会った人達は私に大きなインスピレーションを与えてくれました。今でも素晴らしい人達に出会えたことを感謝しています。これが、私のアニメーターとしての最初の経験です。

探求の道に

DB: 私はアニメーション学校で学んできていないことを、度々、「どこかで周りの人達より遅れているのではないか」とコンプレックスに感じてきました。今でも時折感じます。そして、私はUbisoft®で出会った仲間達の助けがあったからこそ、ずっとこの業界で働き続けることができていると思っています。私は当時からずっと独学を続けていますが、それは周りの人達に、「これはどうやるのか、あれはどうするのか」とアドバイスを貰いながら探求している感じです。いつも、どうやったら更に上手になれるのかと自分自身に挑戦しています。でも、それは、「どうやったら他人より上手になれるか」という競争ではありません。私の目標の中に他人との競争は一切存在しません。あるのは、常に私が到達できるベストを目指して日々努力するという、とても個人的なアプローチです。私のキャリアは、いつも全てが簡単にいったという訳ではありませんが、最初の仕事で知り合えた仲間や友人を通して人脈が広がり、自然と流れが出来てきたのかと思います。

かれこれ18年間3Dアニメーション業界で働いてきましたが、最初の12年間はパリで働き、その後スカンジナビア半島のノルウェーで働き始め、2010年に日本で働く機会を見つけることになりました。2010年は日本語を話してアニメーターとして働くという、初めて私の大学での勉強と自分の仕事が合わさった年でした。

教育者として

ゴブランでの教鞭

AW: もう一つのお仕事についてお話をお聞かせ下さい。

DB: 私のもう1つの仕事は、Maya®を使ったキャラクターアニメーションを教えることです。この仕事との出会いも偶然でした。教えることを職業にしようとは思っていなかったのですが、自然にそのような流れになったんです。ある日突然Gobelinsで急な助けが必要となり、その時に地理的に一番近くにいたのが私でした。Gobelinsでキャラクターアニメーションの講師として授業を教える予定だった人から、当日の朝に突然来られなくなったとの連絡が入り、Gobelinsは非常に困っていました。そこに偶然にも居合わせた私の以前の同僚が、「Drifaがいる!」と私を推薦したのです。というのも、その時、私はMaya®のアニメーション以外の側面(モデリング、リギング、テクスチャなど)について学ぼうとGobelinsでプロフェッショナルトレーニングを受けていたのです。私は、「お手伝いしましょう」と引き受けましたが、コースを開始する手助けができればという認識で、その状況にどう対応するかあまり深くは考えておらず、正直に言うと、授業初日の前日の夜にパニックになりました。そして、次の日、私は15人の生徒の前に立っていました。私はまだ28歳で、生徒の中には25歳の人もいて、年齢的な差があまりなく、少し変な感じがしました。

その経験は自分の予想に反して素晴らしいものになりました。また、私にとって、物事をシンプルに説明して教えることが出来たのは大きな発見でした。Maya®のような教えることが難しいものを生徒が興味を持てるように楽しく教えることができたことは私自身にとっても学校側にとっても驚きでした。生徒達が私の講義をとても良かったと満足してくれたことを学校も大変喜んでくれました。そして、当時の私の履歴書には大きなスタジオで働いたとか、有名なアニメーション学校に通ったという記載はありませんでしたが、この経験が私と学校のお互いにとって良いものだったので、私は再び講師として呼ばれました。

パリのディズニーアニメーションスタジオでの講師経験

DB: その後、どういう縁か、2003年に私はパリにあったディズニーのアニメーションスタジオの講師として推薦されました。ちょうどディズニーがフランスのスタジオを閉じるところで、アニメーターを全員解雇する前に、彼らが今後も他のスタジオで働いていけるようにMaya®のトレーニングをしてあげたいということでした。そんなこんなで、Maya®の講師として彼らの前に立っている自分がいました。その際に私が教えたのはアニメーションではありません。アニメーションについては彼らの方が私以上に良く知っていたからです。あれは忘れられない本当に素晴らしい経験でした。ディズニーの素晴らしいアニメーター達と共に時間を過ごせたことは大変光栄でした。私には彼らから学ぶことが沢山あり、彼らを前に本当に謙虚な気持ちになったのを覚えています。当時の私にとって、人生の中で出会った最も才能に溢れた人達で、信じられないくらい感動的な経験でした。

ということで、私は3Dキャラクターアニメーターでもあり、教師でもあります。2003年に初めて教壇に立ってから既に12年経ちました。この間、Gobelinsとフランス最大のCG学校であるSupinfocom(∗3)で数多く教えてきました。Gobelinsではアニメーションについて、SupinfocomではどちらかというとCGについて教えてきています。また、定期的にデンマークのThe Animation Workshopでも教えています。

∗3: Supinfocomは2015年にMOPA(http://en.ecole-mopa.fr)に名称を変更。

専門性を磨く

「経験は一番過酷な教師で、最初に試練を与え、その後、学びを与える」

AW: Drifaさんはどのようにしてご自身の専門性を磨いてこられたのですか。

DB: 厳しい方法で学んできました。とにかく、挑戦して実行するという一言に尽きると思います。最近、オスカーワイルドの格言、「経験は一番過酷な教師で、試練を最初に与え、その後、学びを与える」に触れました。まさにその通りだと思います。

最初は「どうやってやるのか分からない」という所から始まり、その時点での自分の最善を尽くし、その後、次に同じような状況になった時に時間を取って「どうやってさらに上手に出来るか」ということを集中して考えます。いつも「出来るまでとにかくやってみる」そして、「それが上手くいかなくても何度でもやり直す」、「これがダメなら、あれはどうだろう」という感じです。つまり、沢山の試行錯誤の繰り返しです。

常に自分自身に対して「今はこれをどうやるかは分からない。でも大丈夫。とにかく挑戦して最善を尽くすのだから」と言い聞かせて学んできています。最初の5年間はフラストレーションも多かったですが、同時に楽しいこともありました。

DB: この私の学習方法は、私が生徒達に教える学習方法の1つでもあります。「最初はフラストレーションを感じるかもしれないけれど、同時に得られる達成感は何事にも代えがたい。探求する姿勢になれたら、そこには喜びが沢山ある」と生徒達には伝えています。ですから、私は、生徒達に「これはこうする、あれはこうやる」という風には教えません(少なくともすぐには教えないです)。

最初に、生徒達に課題を与えて、その解決方法を自分達で見つけ出すように導きます。そして、しばらく(長過ぎない程度に)時間が経ってから私の知識と事を前に進める方法を1つ公開します。こうしたクリエイティブな仕事では、当たり前のことながら、ある1つのことをするにしても様々な方法がありますが、自分が学んできた方法と同じ方法を教えます。そして、生徒が「すべては分からない」という状態に慣れることができ、「最善を尽くす」限り、事が上手くいくようになります。それは教師として嬉しい瞬間です。もちろん時間はかかりますが、献身的に頑張ることで生徒達はそう出来るようになるし、私のクラスでは上手くいっていると思います。

15分ルール

AW: 疑問点があったり、助けが必要な時、どのような人達がDrifaさんに手を差し伸べてくれますか。

DB: 同僚でしょうか。アニメーション制作では、いつもチームとして働きます。なので、滅多に自分1人きりになることはありません。いつもチームです。私は才能に溢れた親切な人達と働く機会に恵まれてきましたが、だからと言って、いつも彼らに助けを求める訳にはいきませんよね。確かThe Animation Workshopで一緒に教えているAlex Williamsさんだったかと思いますが、彼が「15分ルール」というものを考え出しました。何か問題があったときに、まず15分間、誰にも助けを求めずに自分自身で考えてみるというものです。15分経って、それでも問題解決策が思い当たらない場合は考える筋道がそもそも間違っているかもしれず、それ以上は時間の浪費になるので誰かに聞くというルールです。私は生徒達にこうしたことも教えています。

つまり、適切なバランスを見つけることが大事なのだと思います。時々、同僚や生徒の中に問題があるとすぐに質問をする人がいますが、結果はどうあれ15分や20分位は自分自身で解決策を見つけようとすることは自分を訓練することにもつながるので良いことだと私は思っています。一方で、質問をすることは弱点を見せることだから恥ずかしいと思ったり、プライドが邪魔したり、プロとしての自分自身のイメージを壊さないためなどの理由で人に質問をしない人も多いです。確かに人に聞くことは勇気が必要なことでもあります。でも、15分から20分頑張っても解決策を見つけられなければ、それは人に聞く時だと思います。自分自身で最善を尽くすことはもちろんですが、時には素直に「これについては助けをお願いしたい」と適切な人に聞ける、そう言った適度なバランスを持つことはプロとして働く上で大切だと私は思っています。もちろん、失敗を恐れることなく全て投げ出して、最初からやり直すということも時には必要だと思います。

「一体感を感じられることは貴重で重要なこと」

AW: アニメーションの学習方法についてなのですが、Drifaさんはオンラインスクールで学ぶのと学校に通って学ぶのとで違いはあると思いますか。

DB: 私はオンラインスクールで教えたことがないので、私の経験からは答えられませんし比較もできませんが、オンラインスクールも素晴らしい学習機会だと思います。ただ、オンラインスクールで学んだ経験のある同僚や生徒達から聞く話では、同じ教室で学び、語り、住むことによって生まれるエネルギーのようなものを恋しく思うそうです。伝統的な学校では対面交流がありますが、オンラインスクールでは、この交流の部分が欠けているのかもしれません。

オンラインスクールで学んだ人達は、もし、この交流という部分が欠けていると、スタジオで働き始めて人と交流する際に少しシャイになるかもしれませんね。私から学校選びのアドバイスをするとしたら、「できることなら、実際に生徒同士で交流できる学校を選ぶ方が良い」と伝えると思います。ここで私の言う交流というのは、教師との交流ではなく生徒同士のものです。他の生徒達と同じ教室で同じような問題に同じ時にぶつかり、一体感を経験することは非常に重要なことです。本当のコミュニケーションができます。これまで私が出会ったオンラインスクールで学んだアニメーターの方々は、自分達が思っていた以上に直接的な交流がなかったことを少し後悔しているようです。もちろん彼らは技術的には確かなものを持っています。私自身、3年間同じ教室に通う生徒達を実際に見てきて、直接的な交流というのは、性格的な面にも多少なりとも良い影響を与えると思っています。私個人は、直接的な交流が好きですし、私には必要なことです。

[2ページ目に続きます]

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